「甘納豆って、どんなイメージがありますか?」
そう問いかけるのは、創業100年を迎える老舗甘納豆店「SHUKA」の四代目、近藤さんだ。豆の砂糖漬けという伝統菓子を作り続ける一方で、ただ昔ながらの味を守るのではなく、「なぜ今、甘納豆を作り続けるのか?」という問いに真正面から向き合い、甘納豆を“自然への敬意”を伝えるメディアへと昇華させようとしている。
この記事では、若き当主が抱えた葛藤から始まり、「甘納豆=種をめぐる循環の象徴」という新たな気づきへと至る道のり、そして“種のテーマパーク”という壮大なビジョンまでをご紹介します。
甘納豆に感じた“違和感”が出発点
「正直、僕自身、甘納豆をあまり食べなかったんです。」
26歳で家業に入った四代目・近藤さんは、そう打ち明ける。
長い歴史を誇る甘納豆屋「SHUKA」の跡継ぎとしての道を歩み始めたが、最初は甘納豆そのものに強い魅力を感じていたわけではなかった。
「甘すぎるし、“昔のお菓子”という印象が強い。若い人たちにとっては縁遠い存在ですよね。正直、“これを今の時代に残す意味ってあるのかな?”と悩んでいました。」
加えて、時代は健康志向・砂糖控えめブームの真っ只中。甘納豆は「時代遅れ」の烙印を押されてもおかしくない状況だった。
“自然を伝えるお菓子”という気づき
そんな中、ある瞬間に気づいた。近藤さんは、
「甘納豆って、素材の形を崩さずに使っている。色も風味も、豆そのものの魅力を活かしている。これは“自然のかたち”そのものだ、と感じたんです。」とそのとき初めて、甘納豆を作る意味が心の中に芽生え、自然の恵みをそのまま伝える──それは、今こそ大切にされるべき価値観ではないか。そう思えたという。
また「お米も、小麦も、コーヒー豆も、チョコレートも。結局、僕たちは“種”を食べて生きているんですよね。」自然の恵みとしての“種”に注目した近藤さん。
普段、何気なく食べているその一粒にこそ、誰かが育て、自然が実らせた命の営みが宿っている──そんな気づきこそが、SHUKAの現在のテーマ「一粒の種を愛し、楽しみ、育む」へとつながっている。
「楽しむ」からはじまる、持続可能な循環
「人は、“体にいいから”だけでは続かない。まずは“楽しい”ことから始めないと。」
近藤さんが重視するのは、「義務」ではなく「喜び」から入るアプローチです。
SHUKAでは、甘納豆をただの“和菓子”ではなく、まるでコース料理のように一粒ずつ順番に味わう体験を提案しています。
豆の色、香り、風味──素材ごとの違いを、ワインを楽しむように味わってもらうことで、“豆ってこんなに面白いんだ”と感じてもらえる時間が生まれるのです。
さらに、チョコレート職人や柑橘の研究者とのコラボイベントも開催。味覚だけでなく「知る喜び」や「好奇心」も満たしてくれる体験が広がっています。
「育てる」ことで、食との関係が変わる
次にSHUKAが挑戦しているのは、甘納豆を“育てるところから関わる”仕組みづくりです。
「豆は、実は誰でも育てられるんです。うちでも小豆を育てていますが、場所も肥料もほとんど必要ない。」
この手軽さこそ、家庭でも「育てる体験」を広げる鍵だと近藤さんは語ります。
今後は、家庭で育てた豆を種果が回収し、お菓子に加工。参加者が収穫祭でその味を楽しむ──そんな循環型の体験を構想中です。
買うだけで終わらない、育てる・作る・味わうというプロセス全体に関わることで、食べ物の“見え方”がきっと変わっていくはずです。
少子高齢化が進むこの島にも、最近は少しずつ変化の兆しがあります。
画家や新たな漁師、ものづくりに携わる移住者たちが、島に新しい息吹をもたらしています。
ゴミの回収は船で行われ、木材などは自然に返す工夫も。
ここでの暮らしは、自然と向き合い、共に生きる知恵に満ちています。
「種のテーマパーク」という未来像
この発想をさらに広げた先にあるのが、近藤さんの描く「種のテーマパーク」というビジョン。
「京丹波に畑があって、豆を植えて、自分で炊いて、甘納豆にして食べる。温泉もあって、地元のお酒も飲めて、泊まることもできる。そんな“全部がつながった体験”の場をつくりたいんです。」
そこは、遊びながら学び、育て、味わえる、誰もが“種の持つ力”を体感できる場所。
自然と人、暮らしと文化がゆるやかにつながる、そんな空間を目指しています。
「自然を敬う心」を、楽しく次の世代へ
近藤さんの目指すゴールは、甘納豆を広めることそのものではありません。
一粒の豆に宿る命の重み、自然のかたちの美しさ、そして“育てる”という行為の尊さ──
それらすべてを“楽しさ”という入り口から伝え、次世代へと受け継いでいくこと。
「自然への敬意を、楽しく届ける。それが僕たちの役割だと思っています。」
時代に逆行しているように見える“甘納豆”が、実はこれからの時代に必要な価値を持っている。その想いを乗せて、SHUKAの新しい100年が今、静かに走り出しています。
まとめ
今回の取材を通じて感じたのは、「種」という小さな存在に込められた、限りないスケールの思考と愛情でした。
SHUKAのお菓子は単なる“和スイーツ”ではありません。そこには自然と共に生きる喜び、人と人をつなげる温もり、そして未来へのまなざしが宿っています。
一粒の種に、どれほどの物語があるのか。そのことを実感できる、心に残る時間でした。
伝統とは、ただ残すものではなく、問い直し、楽しみ、未来へ育てていくもの──そんな価値観を一粒の豆から感じてみてください。