大阪市住之江区の北加賀屋地区は、かつて造船業で栄えた町でしたが、産業構造の変化とともに活気を失っていました。しかし、2004年頃から「北加賀屋クリエイティブビレッジ構想」を打ち出し、アートやクリエイティブをキーワードにした街づくりが進められています。
始まりは不動産会社の挑戦
この街づくりの中心となっているのは、23万平方メートルもの広大な土地を北加賀屋に所有する不動産会社、千島土地株式会社です。かつては、この土地の多くが傷川沿いに並ぶ造船会社や関連企業に貸し出されていましたが、造船業の衰退とともに、町の主要産業は失われ、徐々に活気がなくなっていきました。特に1988年には、大手造船所であった田村造船所が佐賀へ移転することになり、広大な土地の返還を受けたことが、千島土地にとって大きな転機となります。
しかし、返還された土地は、防潮堤の外側に位置する特殊な場所であり、大規模な商業施設などを建設することが難しいという課題がありました。そこで、土地の活用方法を模索する中で、2004年、当時の千島土地の社長が京都の劇場プロデューサーと出会い、この場所をアートイベントで活用したいという申し出を受け、「ナムラアーツミーティング」というアートイベントが初めて開催されました。
アートの力、創造の拠点へ
このアートイベントをきっかけに、これまでアートとは無縁だった千島土地は、芸術文化の力に感銘を受け、翌年の2005年には、生野区にあった自社の大阪工場を「クリエイティブセンター大阪」として改修し、展覧会やパフォーマンスイベントなどが開催できる多目的スペースへと生まれ変わらせました。このクリエイティブセンター大阪は、北加賀屋の街づくりにおける最初の拠点となりました。
その後、街中に点在していた空き家や空き工場などを、アーティストやクリエイターに比較的安価な賃料で貸し出し、現状回復義務なしで自由にDIYしてもらうという取り組みを開始。これにより、アトリエ、ギャラリー、ショップ、飲食店など、多様なクリエイティブなスペースが徐々に増加していきました。そして、2009年には、改めて「北加賀屋クリエイティブビレッジ構想」が提唱され、創造性あふれる魅力的な町を目指した取り組みが本格的にスタートしました。現在では、約50ものアーティストやクリエイターが活動するスペースがあり、約150人もの人々がこの町で活動しています。
街に広がるアートと多様な魅力
北加賀屋の魅力は、街に点在する多様なアート作品です。年々増えるウォールアートや立体作品には海外アーティストの手によるものも多く、散策する人も増えています。千島土地は、街の雰囲気に合う作品であれば塗料や足場を提供し、自由な制作を支援しています。ただし、政治的な内容などには制限があります。ストリートアートは定期的に描き換えられるため、訪れるたびに新しい発見があります。
近年はカフェも増え、飲食の面でも魅力が高まっています。千島土地は運営していませんが、街の魅力に惹かれて出店する人が増加中です。イベント時だけでなく、日常的に楽しめる街を目指しており、物販店の増加も期待されています。2023年にはファッションとサステナブルをテーマにした複合施設もオープンし、アート以外の広がりも見られます。
注目のスポット
千鳥文化: かつて造船所で働く人々が暮らしていた長屋をリノベーションした複合施設です。カフェ&バー、小さなショップ、ギャラリーなどがあり、地元の人から建築好き、アート好きなど、幅広い層の人々が訪れます。2階には、当時使われていた部屋をそのまま活用したインスタレーション作品の展示や、イベントや展覧会に利用できるホール区画もあります。
MASK(Mega Art Storage Kitakagaya): 大型の現代アート作品を保管・展示する施設で、年に数回、期間限定で公開されます。普段は見ることのできない巨大なアート作品を間近で見ることができる貴重な機会です。2025年の公開日は、6月6〜8日の3日間と、10月3日〜11月3日の間の金、土、日となっています。
NAGAYArt: 長屋をリノベーションした施設で、入居希望者を先に募り、その要望を取り入れながら改修を行う「ネオカスタム賃貸」という方式で運営されています。現在は、チャイ店、サンドイッチ店、セレクト系の本屋が入居しており、共有スペースもあります。施設名に「アート」とありますが、現時点では特にアート要素が強いわけではありません。
スマセル サステナブルコミューン: 解体予定の建物をリノベーションした、ファッションとサステナビリティをテーマにした複合施設です。サステナブルな取り組みを行うブランドのショップや、カフェ(ロンドンバスを利用)などがあります。お店で買った服にデザインしたがらをその場でプリントするサービスがあったり、イベントなども開催され、新たな賑わいを見せています。
国際的な視点
現時点では、北加賀屋自体を第一の目的地として訪れる海外からの観光客はまだ少ないですが、大阪滞在中に、値段が比較的安価な宿泊施設を利用する外国人などが、ついでにマップを持って街を巡ることがあるそうです。北加賀屋の魅力は、戦後に作られた街並みに残る下町感と工場跡、そしてそこに突如現れる国内外のアーティストの作品が混在するカオスな雰囲気です。昔ながらの地元の人々と、新しいショップやアートスポットが共存する独特の空気感は、一般的な観光地とは異なる、大阪のローカルな魅力を体験できる場所と言えるでしょう。
今後の展望
2025年には、クリエイティブセンター大阪が20周年を迎えるにあたり、新たな魅力を発見するための企画が予定されています。その一環として、普段は使われていない川沿いにバーベキュー場が登場したり、駐車場に仮設サウナが設置されるなど、新しい試みが 始まります。
また、街全体を舞台にした謎解きゲームも制作中で、より多くの人に北加賀屋を知ってもらい、街を巡ってもらうことを目指しています。
かつて造船業で栄え、時代の変化とともに課題を抱えていた北加賀屋は、アートとクリエイティブの力によって、新たな魅力を持つ創造的な町へと進化を続けています。その変容を訪れて体験してみてはいかがでしょうか。