Art

彫る深さで微妙なグラデーションを描き出す

古来より発達してきた東洋独自の分野である漆芸のなかで、 もっとも手間と時間を費やす 「彫漆(ちょうしつ)」 技法を用いた作品である。 「彫漆」とは素地の上に色漆を数十回塗り重ね、それを彫刻刀で彫って制作する技法で
ある。発生は中国で、日本には唐物漆器として鎌倉時代に舶来し、 仏具や茶道具として珍重されてきた。
本作品は、木々の新芽が芽吹き、 青々となりつつある新緑のころの煌めく葉の色彩イメージを思い描き、 幾何学模様で表現している。 自然の緑のグラデーションを表現するために、 50回ほど様々な色の漆を塗り重ねる。 黄色漆、朱色漆、 黄色漆、 白色漆、 白色漆から緑色漆にグラデーション、 緑色漆から透漆へとグラデーション、そして表面に透漆を塗り重ねる。 彫る深さで微妙なグラデーションを描き出すためには鍛錬と高度な技術がいる。
箱の造りは、身に蓋を覆い被せる形式で、 内部身の構造は3段になっており、それぞれの内側に江戸小紋の布貼り (小紋師 藍田愛郎作 「家内安全」)が施されている。彫漆という繊細な作業工程の中で、 彼は常に緊張と希望と夢を持ちながら作品作りをしている。

Artist

国内外を問わず、文化財レスキューに取り組む
松本 達弥

漆芸のなかの、彫漆技法を専門とし作品をつくり続けている。
香川県出身の彫漆の人間国宝作家である音丸耕堂(1898-1997)に師事。
彫漆本来の文様表現を「用の美」としてではなく「様の美」として表現している。漆芸文化財修復に従事し、国内外を問わず、文化財レスキューに取り組んでいる。デザインは、草花文様などの写実表現、幾何学文様の抽象表現、犀皮文様の屈輪表現など、数々の作品を制作。

 

Art Style

手に触れて生かされていくことを願い制作を続ける
漆芸

漆芸とは、漆を器の表面に塗り、模様を描いて作品をつくる技術のことをいう。漆の木から出る樹液一滴が基本の材料となる。東南アジアにしかない漆の木は、素晴らしい塗料である。漆は固まると水をはじき、くさらない被膜を作る特徴から、古来より、生活の道具に用いられてきた。漆の特徴をいかし、金・銀や貝で美しく装飾し、大切な文書や衣装を入れる箱や、楽器、武士の兜や鎧などの武具にも、朱漆や黒漆が用いられた。現在では、椀や盆といった生活用品のほかに、茶道具(棗、香合)や飾箱など美しい漆芸作品がつくられている。500年前の漆器が世界中に渡っている。
松本達弥は「犀皮」(さいひ)を追求し、独自に作品を生み出している。
「犀皮」とは中国宋時代に制作された屈輪(ぐり)文様の一つである。色は黄・朱などの漆を交互に複数回塗り重ね、表面を黒、ないし茶褐色で塗ったものが多く、文様は抽象的な曲線文様を表している。日本には13-14世紀頃に「唐物漆器」としてもたらされ十数点が遺されているが中国での伝世品は殆ど無く大変貴重な遺品でもある。その洗練された曲線文様の配置、その繊細で確かな彫りの技術は今から千年ほど前の時代の技術とはとても思えないものである。
彼の作品もまた、幾千の後に誰かの目に、手に触れて生かされていくことを願い制作を続けている。

Roots

欲しい色層まで表面を彫り下げることで、芸術性豊かな絵模様が描き出される

彫漆とは、約千二百年前の唐時代が起源とされ日本へは、日本の禅僧により舶来された漆芸技法の一つである。朱漆だけを塗り重ねたものを堆朱(つしゅ)、黒漆だけを塗り重ねたものを堆黒(ついこく)という。現在では顔料の発達により様々な色漆が使われている。
まず、出来上がりを最初に想定し、黒、朱、黄、緑などの色漆を数十回、多いものでは百回以上も塗り重ねて厚い漆の層をつくり、この色漆の層を彫刻して立体感のある模様を彫り出していく。欲しい色層まで表面を彫り下げることにより、埋もれていた漆の色が表れ、芸術性豊かな絵模様が描き出される。塗り重ねた漆の層は厚く、文様は立体的に量感豊かに彫り出される。また、表面には、漆特有の滑らかな艶がある。