京都・洛北にある今宮神社の東門を出ると、餅を炙る香ばしい香りが漂ってきます。
古来から神社仏閣の参詣者のために門前の茶店ではお菓子が売られ、何百年の時を経ても変わらぬ製法で今に受け継がれています。この場所を訪れなければ味わえない、古きよき京都の変わらぬ風景があります。
「あぶり餅どうどすかあ」
その声に誘われて誰もが足を止めれば、そこには何年もの時を経ても変わることない風景に出会えます。向かい合わせに「一和(いちわ)」と「かざりや」の2軒の茶店が並び、今宮神社の「あぶり餅」の味を代々受け継いできました。その美味しさと「あぶり餅」を食べることでいただけるご利益で多くの参拝者に親しまれてきました。
今宮神社参道で味わう「あぶり餅」の魅力と歴史
今宮神社の門前菓子として古の時代から愛され続けてきた「あぶり餅」とは、一体、どのような歴史があるのでしょうか。そこには、むかしむかしの人々の祈りと願いが込められています。
今宮神社の創建は正暦5年(994年)。京に都があった平安時代の半ばのことです。あぶり餅は、京の都で疫病が流行した999年、今宮神社で無病息災を祈る御霊会(ごりょうえ)を行なったことに端を発します。御霊会とは、思いがけない死を向かえた者の祟りを防ぐために魂を鎮める儀式です。その御供えとして、神聖な霊を宿すとされた白い丸餅が用いられました。白い丸餅は、御供え後に炭火で炙って人々に分け与えられたと伝えられています。
この御霊会のおかげで疫病が退散したことから、疫神からのお下がりとしてあぶり餅にご利益があると考えられるようになり、門前菓子として今に伝わっているのです。
昔は貴重だったあぶり餅
古の時代から日本では丸い餅は神聖で貴重なものとされてきました。大切な日に餅を搗き、丸めて重ねたものを神に供え、供えた餅は、さらに小分けされ、参拝客に振舞われてきました。神に供える餅、晴れの日の餅、祝いの餅、ねぎらいの餅、力づけの餅というように、餅は日本人の心を表す食べ物として昔から大切に扱われてきました。今でも日本では根底に餅文化が根付いています。
あぶり餅は、古の時代の人々にとっては、年に数回しか食べることができない貴重で、ご利益があるありがたいものでした。
一子相伝の味
店では、お客の目の前で餅を小さくちぎり、きな粉をまぶし、竹串にさし、炭火で丁寧にあぶります。焼きたての香ばしい香りと共に出来立てを味わうことができます。茶店で焼けるのを待つ間、パチパチという炭火の音に癒され、餅が焼けていく香ばしい香りに包まれます。
江戸時代創業の「かざりや」の味は、代々女性が受け継いできた一子相伝の味です。昔から日本では女性が家を守り、男性は外へ稼ぎでるものであるという考えがありました。茶店は今宮神社に寄り添うもので商売というよりはご奉仕という意味もあり、家を守る女たちに任された役割となったそうです。
炭火であぶられた餅に甘い白味噌タレをたっぷり絡めると、香ばしいあぶり餅の完成です。その製法は、昔から何一つ変わっていません。
日本には様々な味噌がありますが、京都は白味噌文化で、多くの和菓子にも白味噌が使用されています。この白味噌の甘いタレとお餅の香ばしさの絶妙な組み合わせは、何本でも食べられる美味しさです。茶店で日本茶と共に出される「あぶり餅」を一度体験すれば、何度でも訪れたくなるのです。
あぶり餅にさしている竹串は今宮神社に供え物に使用される串を使用し、厄除けの意味が込められています。
実は知られてないもう一つの魅力
「かざりや」であぶり餅を堪能しながら、美しい店内を眺める時間は、京都の風情を味わう贅沢なひとときです。
「かざりや」は、今から400年以上前に建てられた歴史ある建造物です。男性は外の仕事に携わり、大工、神社、御神輿などの錺(かざり)職人をしていたそうです。この建物は、そうした職人であった「かざりや」の店主が自らの手で全て建てたそうです。時を経てもその美しい姿を保っている建築物を眺めていると、日本の素晴らしい伝統技術が伝わってくることでしょう。
他にも歴史を感じられるものが様々な場所で発見することができます。
店先には古い銅の釜があります。第二次世界大戦中、銃に使用する玉を作るために、家にある銅は国に没収されました。しかし、大事な銅の釜を防空壕に隠し、必死に守り抜きました。この釜には「かざりや」を代々繋いできた人々の思いが込められています。
また、店の正面の奥には、招き猫が飾られています。この招き猫は先代の主人によって集められたコレクションです。
この真ん中に見える黒猫が一番古い招き猫です。日本では昔から黒い猫も縁起がいいとされています。訪れた際に探してみてください。
庭には、白蛇を祀った「白蛇塚」がひっそりと佇んでいます。日本では、白蛇が出ると縁起がいいとされており、昔、ここに白蛇が出たことの感謝の気持ちを込めて祀っています。ゆったりした時間の中で、何百年もの時を超えて今に受け継がれている味をぜひ、味わってみてください。
あぶり餅「かざりや」の情報
- 営業時間: 10:00~17:00
- 定休日: 水曜日(1日・15日・祝日が水曜日の場合は木曜日)
- 電話: 075-491-9402
- アクセス: 市バス「今宮神社前」バス停から徒歩約1分